コラム「真夜中の浴槽から、世界地図を通して、小学校の記憶へ」




今の家に引っ越してきてから、真夜中に風呂に浸かることが多くなった。

4年間住んだ北海道の家では、一度も入らなかったのに。
小樽の家は築20年の古いアパートだったけど、今のところはちがう。
狭すぎることはなく、追い炊き機能までついている。
引っ越してきた最初の夜にはもうお風呂に入っていた。
ドラッグストアでパッケージや香りの名前、いろんな種類の入浴剤を選んで買うのは楽しいし、
音楽なんかをかけて電気を消して入ると、
サウナと同じくらい、心の底から落ちつきを得ることができる。

冬になり寒くなった時期ぐらいから、真夜中に風呂を沸かして入ることが増えた。
どんなに短くても1時間は入る長風呂なのだけど、
お風呂での過ごし方は大きく分けて3パターンある。


1、風呂場のスピリチュアルゾーン化入浴

これは、もう心が安らぐ時間をひたすらに追及するための入浴法である。
キャンドルに火を灯し、それをリンスとかが並んでるゾーンに置いて
お風呂場の照明をつけることなく、湯船に浸かる。
人工的で直接的な光は精神統一の妨げである。
イケアなんかでほんのり香る色付きで20時間ほどもつキャンドルが売られているので、
これはそれなりにオススメである。

なんて偉そうなこと言ってますけど
私もキャンドルという終着駅にたどり着いたのはここ最近で、
洗面所の電気をつけて、風呂場の扉のすりガラス越しの間接照明という入り方をよくしていた。
そして、基本的には入浴時には音楽をかける。

ただ、スピリチュアルバスのような時は、どれほど良質なポップスでも精神統一の妨げになる。
まあ、ビートレスなアンビエントミュージックもいいし、意外と民族音楽なども合う。

ちなみに私は、簡易型ラジカセを洗面所に持ち込み、
こちらで状況にあうカセットや自分で作った入浴用のミックステープをかけている。
ケータイ、もしくは簡易型スピーカーなんかを脱衣所に用意し、
Spotifyで作った自分なりのバスモードプレイリストなんかを作っておくと良いかもしれない。

落ち着く音楽と、明かりと、
好きな飲み物を用意し(ミネラルウォーター、缶ビール、炭酸飲料、コーヒー等)
自分が好きな入浴剤を入れて、湯船に浸かる。(もちろん入る前にシャワーと洗体髪はマスト)
この時の快楽と言ったらないね。
あ、まあ望みはしないけど、今なら世界終わってもらっても、まあいいですよ、ぐらいの
至福状態にはなれますので。


2、風呂場のリビングルーム化入浴

これは湯に浸かっている状態で、もうやりたいことは全部する入浴法です。
とは言いながらも基本的にはスマホをいじるのがメインになります。
まあ、お菓子や飲み物も持ち込み、
湯船のふちにタオルを置いてスマホスタンドな置きまして、したいようにするわけです。

ソーシャルメディアを見るでも、ニュースを見るでも、
ネットフリックスを見るでも(ほとんど風呂場で完走したドラマシリーズもある)
音楽を聴くでも、まあしたいようにするわけです。

最近やって楽しいのは、上記のラジカセとスマホをBluetoothでつなぎ、
ストリーミングした音楽をそのままカセットに録音して
自分が好きなようにミックステープをつくる作業ですな。
60分のカセットテープの片面30分が終わる頃に一度テープを裏返すので、
お風呂から一度上がる休憩という意味でもちょうどいい。

注意点としては、あまりお風呂の水位を高くしすぎますと、
日常行なっていることに支障をきたします(早めにのぼせる、スマホが浸水等)ので、
まあ湯船の半ばぐらいまでがいいんじゃないでしょうか、知らないですけど。


3、風呂場の図書館化入浴


まあ別にこれは2なんじゃないかと言えば、2なんですけどね
2のモードと3のモードは自分の中では少し違うので、あえて分けました。
文庫本を読むときもあれば、雑誌を読むときもあります。
とりあえず本棚あたりから数冊選んで脱衣所に持っていきます。

最初は普通に入浴して、20分ほどお風呂を堪能したら、
風呂場の扉から手を伸ばしてその時の気分で読むわけですが、
ここの選本ポイントとしては、1軍は選ばないことです。

最近、買った本やお風呂じゃない場所でも読み進める予定の本など、
今優先順位が一番高い本はですね、やめましょう。意味がないです。(?)
できれば、忘れ去られた積ん読本や、買ったっきり読んでなかった雑誌、
本棚をアイスキャンした時に普段は読欲スポットライトが当たらなかったやつをあえて読む。
そして、もう一つ重要なのが、別に風呂場で読んでふやけてもいい本。
ここら辺の条件を満たすものをいざ脱衣所に向かってください。

まあ3つの入浴法がありますが、
自分は結構2つをミックスして2時間ほど風呂に入ったりします。







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ってなんか気づいたら、俺の風呂論みたいになってたんだけど、
そういうこと書く気は全然なくて、
昨日の夜中のお風呂の話を記しておきたかったんだ。


この頃つねに脱衣所に置いてあるのが、
「池上彰監修 ライブ!現代社会2017」みたいな中学校の社会科の資料みたいな本。
多分、これ3年前に
「自分、社会人になって数年経つのに一般常識とか教養ほんとないな」みたいに
思った日(時期じゃなくて日なのがポイントね)があって、
札幌駅のステラプレイスの書店で買ったまま読んでいなかった本だと思う。
まあ政治経済とか環境問題とか、ほんと中高の社会科みたいな内容で
全然社会人向けみたいなレベルじゃないんだけど、カラーだし写真多いしいいなと思った。

最近気づいたんですけど、これこそまさに理想の風呂本ですよ、
また2017ってのが絶妙に力を抜いて読めるしいいんです。


それで、まあ昨日の夜もこの本を濡れた手でパラパラ読みたいとこだけ読んでるんだけど、
一番最後のページが世界地図だったのね、しかも小学校の時の地図帳と同じタイプの
なんかフォントとか色味とか古めかしい感じの地図。
その世界地図を風呂でながめていると、いろいろと思うことがあった。

小学生や中学生の時にみた感覚とは全然違って、
「あーこの国、この都市ってここにあったんだ」
「こことこここの距離感なんだ」とか
地理関係を実感もって理解できたのもいいんだけど
意外と、いまだに全然聞かないよくわからないままの国や都市名も多かった。

小学生の時に地図帳をみて、変な名前のカタカナに、変な名前だなぁと思ったけれど、
なんだかんだその後、映画やニュースや何かしらで出てきて知る国や都市も多かった。
だからなんとなくどの国も、何かしらでつながりを感じたり知ってるつもりでいたけど、

やっぱりノヴァヤゼムリャとかカーボベルテとかイカルイトとかわかんないし、
生涯行くこともないし、地図帳以外では見ないのかもしれない。


そして、僕は地図帳を見ながら、小学校の時のことを思い出していた。
小学3-4年生の時、自分の担任は町田先生というそこそこ若い男の先生だった。
運動ができて、背もたかく、ケインコスギみたいなシュッとした顔をしていた。
当時からハンサムな感じだったけど、
頭の中で思い返した町田先生もやっぱりかっこいい人だった。

町田先生は社会の授業を始める時、
まずみんなに地図帳の世界地図のページを開かせて、
クラスメイトの中からひとりを選んだ。
選ばれた子は、地図帳の中から国の名前を一つ選び、先生に名前と国名を告げる。
先生は、国名をみんなに発表する。
クラスのみんなはその名前の国を、地図帳から探すのだ。
見つけた生徒から、教壇のところの町田先生に見せて、どんどん抜けて行くというゲーム。

ウォーリーを探せ的な見つけるゲームを通して、国の場所を知るという意味があったんだろうけど、
あれは今思い返しても楽しかったし、あの時に凝視してなんとか国々を少し覚えている。
自分にとってすごくツボの名前の国や都市名があったりした。
セントビンセントおよびグレナディーンとか。

久しぶりに世界地図を見渡しても、やはり圧倒的な情報量と未知がある。


町田先生はある時、世界で一番長い名前の国名はどこでしょうとクイズを出した。
みんな、地図帳を見てボスニアヘルツェゴビナだとかトルクメニスタンだとか
目につく長そうな名前は全部言ったが誰も当てられなかった。
答えはイギリスだったからだ。

イギリスの正式名は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」だったと言った。
みんな、超長くてヘンテコなカタカナの国名を期待していたからか
へぇ~っていう感じだったけれど、今でもそのことは覚えている。

母親に、そういう授業のことを話したらそれは面白いやり方だねと言われた。
なぜだかそういう時って自分の鼻まで高くなってしまう。

町田先生は、今思い返してもいい教師だった。
お風呂で地図帳を眺めながら、僕の頭の中は小学生の頃のことを思い出していた。




そういえば、僕が中学生になってすぐに、
隣町の図書館で、町田先生にばったり会ったことがある。
挨拶をしただけだったけど、なんか僕が知っている町田先生とは違って見えた。

あんまり元気がないというか、普通の大人の人だなというか。
学校じゃないところで先生と遭遇することはたまにあるけど、
あの時ほど、学校の時と全然違って見えたことはなかったかもしれない。

今思うとあの時先生は僕のことや名前を忘れていたかもしれない。
それは仕方がないことだと思う。僕はただの平凡な生徒だった。

あの時の町田先生が30歳くらいなら、今はもう50歳に近いのか。
元気にしているんだろうか。

僕は先生のフルネームを覚えているから、
インターネットとかフェイスブックで検索したら何かわかることもあるかもしれないな。


でも、しないでおこうと思った。
かわりにこのお風呂場で考えたことを文章にして、ブログに書こうと思った。



風呂から上がると、4時20分だった。
今この段落を書いているのが5時57分。

そして、今君はそれを読んでいることになる。




まあ僕はとりあえず町田先生(もちろんその他の先生にもだけど)に感謝していて、
あの時はわからなかった世界地図の見方や国々のことを
案外知っていたし、覚えていたりしていたことを、今になって気づきました。



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